HOTELのBoichさんがまたまた
というわけで、2006年の大絶賛、HOTELを描いたBoichiさんが、またまた戻ってきます。
掲載誌は講談社のMANDALAモーニング。BLEMEの弐瓶勉さんとか蒼天航路の王欣太とかあの永井豪とかほかにも凄い面々がいます。発売日は3/21(金)。
楽しみであります。
というわけで、2006年の大絶賛、HOTELを描いたBoichiさんが、またまた戻ってきます。
掲載誌は講談社のMANDALAモーニング。BLEMEの弐瓶勉さんとか蒼天航路の王欣太とかあの永井豪とかほかにも凄い面々がいます。発売日は3/21(金)。
楽しみであります。
ようやく手に入る。
何が?
もちろん鈴木式電磁気的国土拡張機が。
何かと言えばマンガのタイトルで、作者と言えば栗岳高弘。ジャンルといえばSF、と言いたいところだが、それだけではどうにも舌足らずの説明不足。強いて言うなら、昭和の水着ふんどし制服すっぽんぽん少女SFとでも呼ぶべきか。呼ばざるべきか。
日常生活のすぐ横に、不思議な、でも適度に不思議過ぎない空間が開けていて、そこはかとなく異形の連中と、まったりとしたディスコミニケーションをするお話。
核兵器で地形を変えるほどうりゃうりゃするとか、地球がピンクのスポンジに埋もれて滅んじゃうとか、キナクサイ話も出てきはするけど、話だけ。全てはまったりと進む。その割にストーリーの節々で驚きを感じるのは、作者のセンスなのか。
万人向けではないけれど、好きです。
総括とか。
邦画は筒井康隆の年だった。
「時をかける少女」「パプリカ」そして「日本以外全部沈没」と1年で映画化3本。どひゃー。
特に「時をかける少女」は、誰にでもお薦めできるきもちいい良作。ヒロインのバカっぷりがすがすがしい。細田守監督の出世作と呼ばれるようになるんだろうな。これからの活躍に期待。
SFではないが、宮部みゆきのブレイブストーリーがダイジェスト版で映画化。皇女ゾフィ様の丸顔っぷりが素晴らしかった。ゲド戦記は...まあ、おいといて。
洋画では「サイレントヒル」が印象深い。同名ホラーゲームのビジュアルと世界観を忠実に再現。三角頭の迫力。バブルヘッドナースの恐ろしくも艶かしい動き。素晴らしい。
「リベリオン」の監督が再び「ガン=カタ」を見せてくれた「ウルトラバイオレット」には期待大だったのだが、どうも印象が薄い。むしろ「英国以外全部壊滅」状態の世界をリアルに描いた「トゥモローワールド」が印象に残る。
マンガでは、ひとつの大きな事件があった。作者の韓国のBoichi氏による「HOTEL」だ。週刊モーニングに読み切り短編として掲載された。人類滅亡後、金星化した地球を舞台に、終盤全く人間の出てこないドラマは、あまりのスケールの大きさに読むものを驚かせた。
モーニングといえば、人間の出てこないリアルな恐竜マンガ「DINO2」を描いてた所十三が、週刊少年チャンピオンで人間も出てくる恐竜マンガ「白亜紀恐竜奇譚 竜の国のユタ」を始めた。本人は「ファンタジー」だと言っているが、描かれる恐竜ひとつひとつにこだわりがつまってる。主人公ユタの乗騎、パキケファロサウルスのジサマがね、かっこいいのよ。サイズ的にパキケファロサウルスクラスの恐竜に人間は乗れないから、わざわざナノスという小人種を設定してるところに、作者のこだわりを感じる。
タカハシマコの「エオマイア」完結。掲載誌の「コミックハイ」がいつ廃刊になるかと、別の意味でもドキドキな連載だったが、無事単行本も出た。性犯罪の前科があるヒキコモリ青年に、息子を支配しながら息子に依存する母親、「自分が可愛い」と「他人事」の間を行き来するキャラクターたちと、あいかわらずのダークでビターな作風、笑顔が破壊的に可愛い女の子キャラは健在だったが、いまいち消化不良のラスト。タカハシマコにとっては初長編なので、こちらも次回作を期待、と言うことで。つうか(ニコ)2巻を出せー!
富沢ひとしの「特務咆哮艦ユミハリ」は、奇々怪々な時間戦争いまも進行中。現在3巻。初めて異形の土偶姫が出てきたときはびっくりだったが、河童姫が出てツチノコ姫が出て、もう大変なことになっている。このままいくとミルククローゼットの全4巻を超え、富沢ひとし最長作品になるかもしれない。
何年越しかで出る出ると言われた伊藤まさやの「美しい人間」がまだ出ない。春は何度過ぎただろうか。
近況とか。
現在帰省中。妹の「暁星記」を読む。
レンタルDVDで「デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム」「デジモンアドベンチャー」を見る。
明日(1月1日)から仕事。みなさま、良いお年を。
HOTELの衝撃が忘れられない。あのBoichiが、週刊モーニングに帰ってきた。
Present(プレゼント)(ややバレ)
年上の男性と結婚した女性が、病気による眠りから目覚めると...。
最初見た時、「お、今度はSF違うんか?」と思ったほど、SF的な<絵>は皆無。
SF的にはありがちな道具立て。お話的にも普通のSF。
正直、HOTELほどの場外ホームランがそうそうでるとは思ってないので、普通に面白かったです。どうしても比べちゃいますけどね。
偶然なのか、どちらのお話も「待つ」ことがテーマになってます。
というわけでBoichiさん、また、モーニングに帰ってきてくださいね!
なにはともあれ、週刊モーニングのHOTELだ。凄かった。
人類は物語の半分も行かないうちに滅んでしまうが、そんなことはどうでもいい。
物語の主役は、「人類以外の」DNAを保存するHOTELと呼ばれる巨大建造物であり、その分身である人工知能の「ルイ」だ。
金星化した地球で、ルイとHOTELは次々と災厄に見舞われる。
海が蒸発して消えてしまうほどの高温。
激しい気流。不測の事故。エネルギー不足。
それでも、ルイはひとりでがんばる。
進化して賢くなって自分を造りかえて、片っ端から問題を克服する。
しかし、過ぎ行く膨大な時の流れには、あがなうすべも無く..。
モーニングという雑誌は、意外とSFに懐が深い。
プラネテスだの、わたしはあいだの、印象深い作品が思い浮かぶ。そういえば、ハードSF版ゴジラみたいな作品もあったっけ。
作者のBoichiさんは、韓国籍なんだろうか?
今後もいい作品を描いてほしいものだ。
トンデモナイものを描き続ける希有なるマンガ家、富沢ひとしの最新作、特務咆哮艦ユミハリに、待望の2巻発売。
今回も相変わらず、とんでもない(褒め言葉)。
あらすじ。
時間戦争によって無数の時代が群雄割拠する時代。
路線拡張を目指す品川の鉄道員集団、特務咆哮艦ユミハリの前に、次々と強敵が現れる。
無敵の村上水軍。
阿蘇の土偶軍団。
そして今回は...カッパ?
巨大カッパに襲われるユミハリ。
河童の集落を巨砲で粉砕するユミハリ。
ユミハリが破壊行為を行うたびに、ありうる未来の一つが消滅し、混乱した歴史が収束するという事実。
このなんともいえぬ奇妙な味を、拙文でどれだけお伝えできるか疑問だが、とにかく先が読めない。面白い。
芦名野ひとしのマンガヨコハマ買い出し紀行が、掲載紙アフタヌーンで完結。
ここ数回、終わらせるっぽい描写が多かったので、ひょっとしたらと思っていたが、ひょっとした。
12年かあ。
芦名野ひとしの次回作に、期待。
エネルギーが枯渇した近未来。
残り少ないエネルギー資源は、一部の特権階級が独占。
世界のほとんどが、インフラを断たれ、放送も通信もままならず、さながら西部劇の無法地帯のような様相と化した世界。
ガソリン泥棒が、2体のロボットと出会う。
二人は「姉妹」で、人間の心を持っていた。
と、ここまではオーソドックスな展開(?)だが、荒野の蒸気娘はあさりよしとおのマンガだ。一筋縄では行かない。
二人(名前はアンとアリス)は、人間の心を持っているが、姿はまるっきりロボットだ。
とくに「妹」のほうは、鉄人28号というか鉄人ウルトラZ(BYおかわりBOYスターザンS)というか強化形おとうさん(BY宇宙家族カールビンソン)というか、巨大で、ほんとうにものごっつい姿をしている。
でも「本人」は、自分は本当の女の子だと信じている。
今の姿は、悪い魔法使いに魔法をかけられてたんだと信じている。まるでまるで霧里ななか6歳バージョン(BYななか6/17)だ。そういう「娘」なのだ。
単行本の表紙に描かれた愛らしくておとなしげな少女は、「彼女」の本当の姿(ただし想像上の)だ。
オビに要脳内補完コミック!と書かれていて、何のことかと思ったが、要はこういうことだ。
読者はごついロボットを見て、あくまで「かわいい女の子」だと思わなければいけない。それがこの作品の作法なのだ。
「彼女」は物語の中で、旅に出て舞台にデビューして修羅場で目覚めて身体を診断され水車を作る。読者は脳内で補完を完了する。
ページ上には、ごついロボットしか出てこないのだから。
かわいい女の子が、実は**だった、もしくは**に変身するというのは、よくあるパターンだ。
あさりよしとお本人も、ワッハマンという作品でレミィというキャラを描いている。(ワッハマンには他にも、イシュタルやオシリス、ゲルダといった同系キャラが出てくる。)
でも、普段からゴツいロボットというのは、なかなか面白い着眼点だと思う。さすがのあさりよしとおだ。
ちょっと、騙された気もするけど。
あさりよしとおはいったい、何処に行こうとしているのだろうか?
前からこの漫画の、というかこの漫画家の存在は知ってたけど、単行本になっててびっくりだ!
作者の新井祥さんは、ホントの半陰陽漫画家だ。
生まれたときは女性として育ち、今は男でもあり、女でもあり、どっちでもない。
同性愛者とか、女装(男装)とかではない。
乳房を取るなど医学的処置は受けているが、あくまで生まれつきの半陰陽。
何万人かに一人いるそうな。
(余談だが、漫画家って何万人もいるのかな?)
このマンガは、そんな新井さんの生活日誌(実話)。
女性だった頃に結婚もして、ときにヒゲもはやして男装して、時に似合わない女装をして、ジャニ系美少年アシスタントにときめいたり、AV女優さんと絡んだりするお話(実話)。
気が向けば男の姿。気が変われば女の姿。思い立ったら中性スタイルと、新井さんは自由自在だ。でもそこに「私の知らない驚異の世界」「センスオブワンダー」があるかというと、そうでもない。新井さんはどこまでも俗っぽい。
「両性有具すげぇ!」「へ、そう? ま、それなりに苦労あるけど」ってなノリだ。
これはこれで、センスオブワンダー、なのか?? でも、嫌いじゃない。
正直、もちっとファンシーなお話を想像してたんだけど(笑)、そのへんはフィクションに期待しよう。
今回割愛されちゃった「女じゃなくなる話」とかも、まとめてくれないかな。
<オススメ度>
おもしろさ:☆☆☆
あくまでノンフィックションとしての面白さ。
読み手を選ぶ。両性有具のセックスの話とか、引く人は引くだろうなあ。
好奇心が勝つか、新井さんのキャラを嫌いにならないかがキーポイント?
友好関係広い度:☆☆☆☆
帯が内田春菊+サンプラザ中野+326。
え、鉄拳とも友達? うらやましいかも。
監修者の瀬名秀明氏が、自身のブログで「わたしはあい」の最終回に触れていた。
「作品が失敗すれば、それはすべて監修者の責任です。」「無念の仕事でした。」と、かなーりネガティブ。
うにゃー、やはり打ち切りだったのか。
中盤以降、ワクワクしながら次回を待ってた読者としては、監修者さんに「失敗」と言われるとちょっとヘコむが(苦笑)、メジャーな支持を得られなかったのは、事実なんだろう。
「人が人をつくる」というテーマは普遍的で、まだまだ掘り下げが効くとおもう。
正直、「わたしはあい」のようなアプローチは、考えてもみなかった。
瀬名秀明氏も外薗昌也氏も、また別の機会に挑戦してくれるとうれしいかな、とか、勝手なことを書いておこう。
「わたしはあい」連載終了。
最初は、「性格は変態だけど才能だけはある主人公が、AIとロボットの技術を使って<萌え女の子>を造るドタバタコメディ」だったはず。はずなんだ。
どんどんどんどん風呂敷が広がって、最後にあんなふうになっちゃったのは、予定調和か打ち切りか。
個人的には、電柱に上っても、三階から飛び降りても、最後にあーんなことをしちゃっても、なんでも「えへっ」ですませてしまう、あいちゃんが好きでした。えへっ。
元々は、介護ロボットを造ろう、というお話だったんだな。
お年寄りと一緒に暮らす介護ロボットは、機能として愛されなければいけない。ところが、企業の研究室では「愛されるロボット」を造ることができなかった。
(そこでなぜか、エロゲの天才プログラマを引き抜いてくるんですが。)
エロゲはともかく、介護ロボットの必要要素に「愛される」が入ってる、というのは、なるほどと思った。でも感覚的に受け入れられない人もいるのかなあ。
閑話休題。
偶然かインスパイヤか、同じ号のモーニングで、常務島耕作も介護ロボットネタをやってる。
これからは老人が増えるから、介護ロボットの需要も増えるだろう。介護ロボットをばーりばりつくって、ハツシバも儲けるぞ、というお話。
初っ端。タイトルでロボットスーツ(*1)を着る島耕作(笑)。
そのロボットスーツの写真を見て「ガンダムみたいですね」「それはすごいサイボーグですね」と、2ちゃんねるの書き込みみたいな感想を言う島耕作。
いきなり人口増加の話になり、「ソイレントグリーン」ネタを言いだす島耕作。
なんか、わらかしてくれます。
*1:ロボットスーツ
一種のパワードスーツ。
着ぐるみを着るような感じで装着する。
人間が身体を動かそうとすると、筋肉の動きに会わせ、モーターやエアチューブなどがパワーを補助する。
重いものを持ったり、身体を動かしても疲れないなどの効果が期待できる。
島耕作では老人に着せているが、抱きかかえるなどの負荷が多い介護補助者が着用しても、効果は高いだろう。
けっこう前の話題。
寄生獣ハリウッドで映画化決定と、タイトルそのまんま。
原作は文句なしの古典・名作・傑作であり、個人的にも思い入れの強い作品なので、まずは成功を希望するが、どうなるだろうか。
原作に忠実に、とのことだが、原作の長さとテンポを映画の尺にあわせるのは、素人考えでも至難の業だと思うのだが..どうだろうか。
とにもかくにも、今のハリウッドは何を映画化しても同じ雰囲気、まるでハンバーガーのような味になってしまう欠点がある。同じような視点と価値観。よろず全てを解決してしまう家族愛。
おそらく、それが一番安全で、一番確実に稼げるパターンなので、映画予算がバリバリ高騰している今、とても崩せないのだろう。
ハンバーガーは嫌いではないし、むしろ大好きなのだが、あわない素材や調理法もある。おそらく、寄生獣はハンバーガーには向かない、対極の素材だ。
そこはそれ、日本人・清水崇監督がうまくやってくれたらいいな、というのは、希望的楽観測だろうか。
いちばんありそうなのは、原作のテーマもドラマもちょちょいとおざなりに、「寄生生物がばくんと変形し、ミギーがうにょんと延びる、ちょっと怖くて楽しい映画」に仕上がることだろう。それはそれでヨシ、なのかなあ。底まで割り切れないや。
どうにも気になる漫画家。タカハシマコ。
以前紹介したバリバリの「いざなう女の子」マンガ、(ニコ)は、かなり仰々しいワケアリで、2巻(最終巻)が出ないらしい。
あの続きが読めないなんて、ゴーモンのような仕置だ。
ああ、タカハシマコが読みたい、読みたい、読みたいっ!
もうなんか、彼女のボーイズラブでもいいから、読みたくなってきた。
そんなあやういところで、始まった連載が、コレ。
エオマイア。
住宅街の貯水池に、隕石が落下する。
主人公の女の子の身体に、何かの変化が起こる。
おなかは空く。でも、何を食べても食欲が満たされない。
(お菓子を食べて)「砂を食べているみたい。」
(なま肉を食べて)「これも違う。こんな死んだ肉じゃ..」
主人公の友達が変死する。
前作と同じように、女の子が主人公だけれど、眼球に触ると硬い、ソリッドな(ニコ)とは打って変わって、エオマイアはいろんな意味でにゅるにゅる。主人公なんて、今現在、もう手遅れなくらいにゅるにゅる。
人物描写はあいかわらずダークでビター。主人公が好意を寄せる隣家の青年は性犯罪歴のあるヒキコモリで、主人公に好意を寄せる同級生の男の子は主人公のカラダにしか興味が無い様子。(ニコ)も、人間失格のオンパレードだったけど、タカハシマコのこういう「人間を斜め上から見下ろす視点」は、なんていうか、すごいなあ。とても得難いものだと思う。
エオマイアとは最初の有胎盤類の名であり、意味は「原始の母」。2002年、中国で初めて化石が発見された。
本編とどうかかわりがあるかは、まだわからない。これまた、先の気になるお話である。
掲載誌はコミック・ハイ。
なんか強烈な「もうすぐ休刊しそうですよ」オーラを放っている、ある意味、超危険なコミック誌だ。
(というか、既に1回休刊しているらしい。)
毎月22日発売。7月27日現在、エオマイアは第四夜までが掲載されている。
どうか、エオマイアが完結するまで、なんとか生き延びてくれ!
いま週刊モーニングでのイチオシは、東大卒料理人の青柳愛ちゃんが鬼のようにかわいい「大使閣下の料理人」なんだけど、べつにひとつ、気にかかる漫画がある。
作者は「僕らの年代にはかつて伝説のような存在だったよう」外薗昌也。
監修は「パラサイト・イブだけじゃないんだよ」瀬名秀明。
ギャルゲーづくりの天才が、「あい」という名の、少女の姿をした介護用ロボットと出会い、足りない「なにか」を吹き込んで、機械以上の存在にしようとする物語。(たぶん。)
マンガとしておもしろいかというと、すいません、面白くないと思います。
アイデアとしては、ありふれたピグマリオン寓話。
キャラにもストーリーも、ついでにギャグも、いまいち上滑りしてる。
でもね、今、作中で起こっている「事件」。これは面白いと思う。
どうやら「あい」に、ばくぜんと「意識」のようなものが芽生えたらしい。
主人公たちはコミニケーションを成立させようと、必死に知恵を絞るが...。
というか、ファーストコンタクトモノじゃないの? これ??
リンク先にも書いてある通り、普通ファーストコンタクトといえば、未知の異星人との、最初の出会いのこと。
でも、よく考えたら、実は「異星人」というのはどうでもよくて、地底人でも異次元人でもファンタジー世界の住民でもかまわない。知的生命体であればいい。
(アニメ「ナノセイバー」では、人体の中にミクロの知的生命体がいて、ファーストコンタクトが成立してしまった。)
いや、もっと考えたら、相手は生命体でなくてもいいのかもしれない。
ロボットでもコンピュータでも、しゃべる石像でもいい。
コミニケーションができれば、「話が通じる」相手であれば、ファーストコンタクトは成立する??
うわ、すごいわこれ。
そういえば、反対進化にも、人間が、ものすごい方法で偶然作ってしまった生命体とファーストコンタクトするお話があったっけ。けっこうあるんだ。
僕が意識してなかっただけかなあ。
ウエダハジメのマンガ、Qコちゃんの2巻が、もうじき発売。楽しみだ。
1巻の時のレビュー(2003/8/30)を再掲載しよう。
さいきんハマったSFがコレです。Qコちゃん。
マンガです。単行本で表紙買いしちゃいました。
物語は、女の子型のロボットが出てきて戦う..
あ、逃げないで(笑)。
まず、ロボットたちのデザインがかわいいです。
ぬぺっとした造形。にゅっとした脚。
パワーパフガールズとかが近いかもしれません。
でもパクリでなく、オリジナルに昇華されてます。
Qコちゃんやボーシ子ちゃんのデザインを見た時は、
ちょっと衝撃でした。
やっぱりSFは絵だ!
とりあえず、今後に期待なのです。
なんか、妙な具合に絶賛している(苦笑)。
入手するまで情報はシャットダウンしておくつもりなので、2巻の内容はまだ分からない。完結らしいのだが、どうだろうか。
沈黙の艦隊が、廉価版でコンビニ流通してる。
有名な作品で、いまさら説明も必要ないかもしれないが、ちょっとあらすじを書いておこう。
(今回、「沈黙の艦隊」のネタバレが大量に含まれております。ご注意ください。)
米ソ冷戦の続く現代。アメリカと日本で秘密裏に開発された最新鋭の原子力潜水艦が、核兵器を搭載したまま、日本人クルーによってシージャックされてしまう。
艦長海江田は、原潜を国土とし、クルーを国民とする国家「やまと」の独立を世界に向けて宣言するが、その真の目的は、なかなか明らかにならない。
というものだ。
今回購入した廉価版には、僕にとって一番印象深かったシーンが収録されていた。
東京湾入港を希望する「やまと」。
政治的な裁量で「やまと」の独立を認めながら、非核三原則を楯に核兵器の武装解除を要求する日本政府。
対して、海江田は明快に答える。
「我が国は、核兵器を所持していない」
よって、武装解除も必要ない!
少し、説明が必要かもしれない。
この漫画をリアルタイムで読む少し前。
日本政府は同じことを、日本に寄港する米軍に言われた。
だれもがうさんくさいと思いながら、結局は政治的配慮で、政府はそれを受け入れた。
そんな記憶が鮮明な頃に、この台詞である。
「うまいこと言うねェ海江田さん、座布団一枚!」
てなもんだ。
リアル世界の人間にこんなこと言われるのはヤだが、こちとらマンガの主人公。深く追求するのはヤボってもんだ。
そんな風に思ってた。
ところが、この言葉には、もっと深い意味があった。
終盤になって分かるが、「やまと」は、ほんとうに核兵器を持っていなかった(?)のだ。
”?”つきなのは、本当はどうか、劇中で明らかにならなかったから。
...正確な言い方ではないな。
「やまと」の核弾頭格納庫が空っぽなのは、アメリカのTVで生中継された。
どうやらとっくに破棄したらしい。
でも、核の恐怖におびえた人々は、それを100%信じることが出来なかった。
ただただ、疑心暗鬼になるしか無かった。
だとしたら、いったいどうすれば、「持っていないこと」を明らかにできるというのだろう。
結局「所為していない」という言葉を信じるしかないではないか。
話は振り出しに戻る。
そもそもこの物語は、「やまと」が核兵器を持っていて、初めて成立するはずだ。
核を持っているからこそ、たった一隻の原潜が、世界を相手にドンパチできる。
無理な要求も通すことが出来る。
核が無ければ、いかに海江田が神がかった天才でも、クルーが優秀でも、「やまと」がマンガチックなスーパー潜水艦でも、そもそも、世界に相手にされない。
そのはずなのに。
「核兵器」なんてどうでもよくて、本当に必要なのは、「核への恐怖」だけだった、という、身もふたもない事実が、ここで明らかになる、のかもしれない。
派手な艦隊戦ばかりがクローズアップされがちな本作だが、個人的な見所は、むしろこのあたりだと思う。
強く思う。
沈黙の艦隊はSFじゃないけど、ま、このへんはSFっぽいテイストだよなあ、とか、へ理屈をこねて、今回はおしまい。
われはロボットといえば、誰もが知ってるロボットSF小説の礎だが、われはロボットくんという、4コママンガを知っている人は、残念ながら、あまり多くないかもしれない。
どう見ても高性能に見えないロボットくんが、どう見ても有能に見えない研究所助手のマツオくんと一緒に、マンザイのような、コントのようなエピソードを繰りかえすという、まあ、ばかばかしいお話である。
たとえば、こんな感じ。
(タイムマシンで未来に行く一行)
博士「うーむどうやら未来では、ロボットが人間を支配しているようだな」
(ロボットが人間を鞭打っている)
マツオくん「おっ、オレたちゃともだちだよなーっ」
ロボットくん「(にやにやしながら)誰ですか? あなた」
博士「だがすぐに宇宙人によって滅ぼされるな」
(UFOが地表を攻撃している)
うーむ、オリジナルのばかばかしさを、どれだけ伝えられているだろうか。
ロボットくん、マツオくんのほかにも、前出の、化学薬品を味見で解析し、ノーベル賞の証書をメモ用紙にしてしまう博士や、博士を一方的にライバル視するが報われない薄幸のマッドサイエンティスト、そのスパイDrスエミなどが登場する。唯一まともに見える美人の芦原さんも、「実は博士に片思い」という点で、やっぱりまともじゃなかったりする。そんな連中が、何か研究してるのは間違いないが、何を研究してるのかさっぱりわからない研究所で、とにかく研究みたいなことをやっていたり、やってなかったりする。そんな4コママンガだったのだ。
でもって、作者は、あの米田仁士。
米田仁士といえば、いまでこそファンタジー、SFの分野で確固たる地位を築いたイラストレーターだが、こんな作品を描いていた時代もあったのだ。
本人やファンにはもうしわけないが、個人的には「ギャグマンガ家・米田仁士」を、多いに惜しんでいる。
もし僕に歴史改変能力があれば、米田氏のイラストレーターとしての未来を全部つぶしたい。そして、延々「われはロボットくん」を描き続けてほしかった。我ながらひどい考えだと思うが、そんなことを思ったりも、する。
余談。
そいえば、昔のアニメ「未来警察ウラシマン」でも、「愛、ロボットに愛!」というエピソードがあったな。こちらは「I,ROBOT」のもじりか。
フジリューがジャンプに帰ってきた。
それも、妙にSFっぽい作品をひっさげて。
タイトルは「Wāqwāq」
舞台は異世界。機械生命体と「黒い血の人間」が住むこの世界は、かつて、「赤い血の神」が創造ったという。
(カンのいい人ならこのヘンで、赤い血の神=アレのことだな、と、察しがつく親切設定である。)
そして、「黒い血の人間」の主人公の元に、赤い血を流す少女が現れて...で、第一話終わり。
王道じゃないかっ!
藤崎竜といえば、あのジャンプ版「封神演義」のフジリューだ。中国伝奇古典をばらんばらんに料理したこの作品、妙に味付けがSFっぽいのは、周知の事実だと思う。今回もフジリュー、いろいろとやらかしてくれるだろうか。
先に紹介した絶対可憐チルドレンもそうだが、妙にSFづいてる(?)少年マンガ界。個人的には、大歓迎なのである。
あの「GS美神 極楽大作戦」の椎名高志が、ひさしぶりに少年サンデーに帰ってきた。
それも、超能力マンガで。
「絶対可憐チルドレン」は、超能力者が実在する日本を舞台に、トップクラスの能力者3人を描いたもの。
GS美神の霊能力者を超能力者に置き換えたような、というと、安易に思えてしまう世界観だが、うまいところもある。例えば、あまりに能力が高い故に、日本政府に管理されている、という設定とか。
管理する側の政府が、能力の高さ故に、おっかなびっくり接しているのは、見ていて面白い。反面、一般人が彼女達を恐れ、阻害している描写も入っている。さすが椎名。ぬかりはない。
(このへん、「サトラレ」を思い出した。作者が意識しているかはわからんが。)
3人の能力者を10歳の女の子に設定したのは、そのあたりの効果も考えてのことなのか、単にかわいい女の子を描きたかっただけなのか、ひょっとしてパワーパフガールズの影響なのか(ウソ)。
改めて思い出すと、椎名は意外とSFを描いている。
知性化ネズミと女の子の友情を描いた話。
タイムマシンと首長竜の話は、SF的オチがうまく効いてた。
そういえば女の子型ロボットが普及しまくった世界も、CLAMPが「ちょびっツ」を描くずっと前に「電化製品に愛を」で描いてる。GS美神にも、人造人間マリアという、かなりいい感じのロボキャラが登場する。
なんか、椎名とSFって距離がありそうな気がしたんだけど、そうでもないんだな。
まずは顔見せ、「そつなくこなしました」という感じの第1話。
しばらくは「ベテランのお手並み拝見」といったところか。
あの「一筋縄では行かないマンガ家」あさりよしとおが、学研の、「5年の科学」に連載した科学学習まんが。
とうとう、9巻発売である。
調べてみたら、1巻の初版は1991年、記念すべき第1話は1987年。そのとき生まれた子供は、もう高校2年生か。月日の流れるのは早いものだ。
「まんがサイエンス」は、一貫して科学を楽しむマンガだと思う。
そりゃ、学習マンガの方便として、フィクションの部分は出てくる。
未来から来た猫型ロボットならまだSFの範疇だが、女神やら精霊、死神や吸血鬼といったファンタジーな存在や、それどころか、MDを擬人化したディスク男やDNAを擬人化したDNA男といった、もう科学もSFもファンタジーもひっくりかえした、それこそマンガチックなキャラも出てくる。
彼らは「専門家」と呼ばれ、テーマについて科学的に解説する役回りなのだが、こんなんばっかりなので、よしおくんに「これ科学まんが...」と突っ込まれる、不憫な存在だ。
話がそれてしまった。
「まんがサイエンス」の面白さは、科学のおもしろさだと思う。
テレビに絵が映る原理。過酷な環境でも死なない超生物。ホイールで走る車。
科学の目で見た発見の喜び、夢を実現する技術の素晴らしさ。
あのひねくれもの(推定)のあさりよしとおが、子供でも(僕らのようなおつむの鈍い大人にも)わかりやすいように、工夫を凝らして精一杯、伝えようとしている。
そんなひたむきさが伝わってくる。
とまあほめまくったが、これだけ長く続いていると、アベレージを維持するのは大変だろう。
さすがに、ギャグの切れはちょっと落ちていると思う。
ヒロインあやめちゃんの、「ロシアと中国をなくせばいいのよ!」と言い切るメチャメチャな元気には、ぜひ復活してほしいものだが。
「鉄腕アトム」を新しい視点からリライトした、浦沢直樹のマンガ「PLUTO」。
ロボット大好きな僕が、なんとなく素通りしてた作品なんだけど、今回の「ビッグコミックオリジナル」は、なかなか面白かった。殺人事件の現場を検証するお話だけど、SF的な未来ガジェットてんこもりで、面白い。
現場検証といっても、本当の「現場」の検証は済んでいる。現場の状況は丸ごと、バーチャルなデータに落とされているらしい。
刑事たちはだだっ広い体育館みたいな部屋に、立体映像で「現場」を再現し、その中を歩き回る。部屋の床は無数の四角柱でできていて、個々の柱を上に延ばしたり縮めたりすることで、地形の傾斜や高低まで再現できる。瓦礫の下の割れた茶碗も、周囲の風景も、記録に残っていて、即座に呼び出すことができる。
確かに、こりゃ便利だ。
現場写真がとれるようになって、犯罪捜査は大きく変わったと言う。現場を様々な人が、何度でも検証できるようになったからだ。「PLUTO」に出てきたこのガジェットは、いわば進化した現場写真といったところか。
アトム少年は、このバーチャルな「現場写真」から、刑事たちが気づかなかった事実を、次々とつきとめていく。
浦沢アトムの完璧超人ぶりも、見てて面白いな。こりゃ、通読してみるか。
未来。人類の文明は正午を過ぎ、ゆっくりと午後の時代へと移っていく。
冨士宏の「午後の国物語」は、そんな世界観のお話。考えてみると、ヨコハマ買い出し紀行に通じるところもあるのか。でも80年代はじめにこれが描かれていた、つうのは、感嘆に値するかもしれない。
舞台となる小さな集落には、近くの大都市が様々な形で影を落としている。
戦争。テクノロジー。その他様々なものについていけなくなった人間たち。
直接都市が描かれることはほとんどないが、平和な村の小さな事件(および作者の解説(笑))から、その辺りの事情を読み取ることができる。
集落は、ただの農村のようにも見えるけれど、ところどころで「午後の国」たるネタが、顔を出してくる。
例えば、この集落ではいたるとこころにスクラップが散乱している。主人公の趣味はメカづくりだが、パーツ集めには不自由しないようだ。
主人公の親友は戦争用に造られたトカゲ種族で、その父はトカゲとしては大出世、村の顔役になっている。
農家のお舅様は遺伝子工学で、へんな作物をつくってたりする。
主人公の家の古いロボットは、ときどき誰もいない場所で、誰かと話している。
こう書くとミステリアスな雰囲気が先に立ってしまうかもしれないが、このマンガの本質は、そんな午後の国の物語に、浸ることじゃないかと思う。
「えー木に成ってる実って食べられるの?」
「もぎたてだからうまいんじゃないか。」
こんな未来になら、なってみたい、なってもいい、かもしれない。
余談だけど、トカゲ人間の美人、つうのを、僕はこのマンガで初めて見たんですわ。
お姉さん、ブラウスの胸が、眩しすぎます!!
おまけ。
冨士宏、という人も、どうにも気になるマンガ家さんなのだけれど、超寡作の上に未完ばかりなのが残念だ。
(絵描きさんが本業、というのは、あるかもしれないが。)
広大な屋内だけの世界「迷廊館」を描いたファンタジー「迷廊館のチャナ」。中世ドイツで辺境の城主になった少年を描いた歴史モノ「城物語」。そういえば、午後の国物語も未完だ。
余談だが、コミックとして購入できるのは「午後の国物語」のみ。「迷廊館のチャナ」は前者はプレイステーションソフト「ナムコミュージアム」くらいでしか見ることができないし、「城物語」に至ってはもうどうしようもない。
そんな冨士宏のひさびさのお仕事に期待。
学生服を着た少年が、戦う。
なにか、とんでもないものを見たような気がした。
考えてみれば、ヒーローがへんなコスチュームを着ている必要性は、まったくない。
にもかかわらず、ヒーローは赤いマントをつけ、白装束にターバンを巻き、変身した。
でも、あの少年は違った。
彼は学生服のままで、敵と戦った。
ヒマラヤの高地で。砂漠で。海中で。極寒の極地で。
オリンピック選手以上の運動能力と、ずば抜けた耐久力と、超能力を持った、少年の物語。
人口の砂嵐と幾重もの防御システムと超科学のコンピューターに守られた、バビルの塔。
陸海空を統べる、強力で個性的な「3つのしもべ」。
バビル2世は、不思議な物語だ。
バビル2世には、どうしても孤独感がただよう。
彼の戦いは、基本的に一人だ。
3つのしもべは味方であっても友人ではないし(ロデムを除けば会話すらできない)、一般人の協力者も所詮タダの人で、バビル2世とヨミの戦いに介入することはほとんどできない。
バビル2世の唯一の敵である、ヨミもまた、孤独だ。
彼を慕い崇拝する部下はたくさんいるが、やはりヨミと対等に意見できるものはいない。
バビル2世にとって、最大の理解者は実はヨミであり、ヨミにとってもまた、バビル2世が唯一の理解者だ。そんな描写が、実は結構ある。
そんな二人による、壮絶な超人同士の戦い。
それがマンガ「バビル2世」だった。
横山光輝氏の訃報を聞き、真っ先に思い出したバビル2世の思い出から。
「積ん読」だったヨコハマ買い出し紀行11巻を読んでたら、ちょっと泣けた。
超うまい黒砂糖「超黒糖」でうぉっときて、くるっと振り向いたアルファさんにぐっときて、「待つことは得意ワザ」発言では、もうほろっときてしまった。続くマッキとの別れではもう、ダメダメだ。
そりゃ、ヨコハマ買い出し紀行は、並のお話じゃない。そんなことは先刻承知している。でも、やられた。そうだよ。これはスゴイお話だったんだよう。忘れてた!
いくらか未来の世界。
人間型のロボット、アルファさんは、カフェ「アルファ」で、オーナーの帰りを待っている。
コーヒーを入れるとか、バイクで遠乗りするとか、あたりまえの日常の中、降りられなくなった超高高度大型飛行機がたまに大空を横切り、人間とさほど変わらないロボットの人が暮らしていたりする。当たり前の風景の中で、都市は水没し、富士山が大きく形を変えていたりする。そんな世界。
大きな事件はおこらない。ヒーローもいない。コーヒー豆が切れたからヨコハマに買出しに行く話とか、昔作られた長い長い長いトンネルを歩いて渡る話とか、涙が出るくらい美味しい黒砂糖の話とか。
ゆっくりと衰退する未来の人類を、日常のサイドから描いたこの作品は、作者、芦奈野ひとし氏の自然と日常に対する細やかな観察眼と、テクノロジーを前面に押し出さないゆるやかな未来描写が...だぁ!、んなことはどうでもいい。
こんなSFがあってもいいとおもう。
こんなSFがあってよかったとおもう。
そんなSFだと言ったら、作者はイヤな顔をするだろうか。
丸子さんが来た時のアルファさんみたいに。
スモールソルジャーズには、日本オリジナルのコミック版がある。
掲載誌はコロコロコミック。作者は上山道郎さん。
これがまた、いいのだ。
上山版スモールソルジャーズは、細部を注意深くアレンジ。
筋を忠実に再現した上で、「舞台を日本に移し変える」という大手術を、見事成功させている。
人形達の性格はそのままだが、人間の男の子と女の子は、日本人にした上で、立ち位置や性格を変えている。
(さすがに麻薬ネタとか、コロコロ的にNG?)
「いかにもアメリカのティーンエイジャー」な映画版の二人も好きだけど、コミック版の、「気心の知れたおさななじみ」も、また、いい感じ。
そもコミカライズなぞ、映画の添え物。原作の筋をなぞればよし。面白さがちっとでも伝わればめっけもの。
普通なら、それはそれで「よし」なのだけど、上山版は、そんな水準、軽く飛び越えている。
その上で、漫画ならでわの見せ場をつくり、なにより、映画の心、人形達の心を捉えてる。
坂道爆走シーンのハラハラ。
映画でも絶対やってほしかった社長への天誅(笑)。
そして最後の別れのシーン。「ゴーゴン島なんて無い!」という女の子の台詞。
まぎれもなく、上山版のスモールソルジャーなのである。
ふんどしの眼鏡っ娘、とは、恐れ入った。
とある事情で漂流中の宇宙船。
とある事情で「1000年の眠り」から目覚めた主人公。
彼を出迎えたのが、マンガの「未開人」そのまんまの裸族、「ノアの民」。
でもって主人公は救世主らしくて、「ノアの民」を楽園「地球」に導く、ことになっているらしいのだが..。
てな感じで始まるのが、「ハニハニハッ!」(1)。
大好きなマンガ家、がぁさん先生が、こんなSF描いてるとは知らなかった。
びっくり、うれしい。
さまよえる巨大宇宙船や文明の迷信化といった定番ネタから、いろいろ応用の効く「TSTフィールド」のアイデア。
いちばん気に入ったのは、救世主=主人公のあしらい方が、「ノアの民」に伝承として残っていること。そしてそれが、それが結構当たっているところ。普通の人の主人公が本当に「伝説の救世主」になっている、という感じがひしひしとして、いい感じ。
正統派SF+がぁさん先生らしい暖かみのある作品。続きが楽しみである。
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