山椒魚戦争

　チャペックという名は、それこそ小学校の頃から知っていた。
　けれど、実は、それほど大した人じゃないと思っていた。
　有名な彼の戯曲「Ｒ．Ｕ．Ｒ」は、「ロボット」という名前を後世に残しはした。しかし、被創造物が創造主に反旗を翻すというプロットは、ごく陳腐に思えた。世の中には、たまたま歴史に名を残してしまうひとがいる。彼もそんな一人だろう。作品に触れる前から、なんとなく、そんな風に決めつけていた。

　彼の作品、「山椒魚戦争」を実際に読んで、考え方はがらっと変わった。

　南の島で見つかった、知性を持った山椒魚。人間に発見されるや否や、あっという間に奴隷になり、商品になり、世界そのものを変えるほど数を増やし、人類を滅ぼしかけてしまう、というお話。

　プロットは、やはり単純だ。しかし分厚い文庫いっぱいに、チャペックは描く。山椒魚がどのような生き物なのか。どのように発見され、どのように人間に迎え入れられ、どのように利用され、どのように世界が変わっていったのか。緻密に、詳細に描かれている。
　子供のような大きさと力。低い知能。醜い姿と声。苦痛への耐性。繁殖能力。
　山椒魚を売買するビジネス。山椒魚に対する人間の好奇心と嫌悪感。山椒魚に「人権」や「教育」や「思想」や「宗教」を与えようとする人々。山椒魚を巡る国際緊張。
　そして、山椒魚と全人類との、まったく戦闘のない、にもかかわらず一方的な戦争。

　近代の歴史ものを読んだような気がした。

　物の本によれば、チャペックは人格的にもなかなか立派な人だったらしい。もっと彼の作品を読みたいものだ。